韓国の病院AI活用最前線|診療現場での実装とその成果

はじめに|病院AIは「実験」から「日常」へ

2025年、韓国ではAIの医療実装が「試験導入」から「運用定着」へと進化しています。
問診補助、画像診断、カルテ記録──。これまで手作業と属人性に依存してきた業務が、今やAIによってリアルタイムに処理・整理される診療フローへと移行しつつあります。

制度設計と民間技術の連携、現場判断の速さ──。この3つがそろったとき、医療AIは“日常のインフラ”として機能しはじめます。
本稿では、AIが診療の質と効率の両面にどう影響を及ぼしているのかを、韓国の最新事例から読み解きます。

目次

病院現場で“動いている”医療AI|3つの中核ユースケース

韓国では、医療AIの導入が以下の3つの主要分野で定着フェーズに入っています。

1|AI問診支援:来院前から情報収集・構造化
VUNOの「Med-Talk」などが導入され、患者の主訴や既往歴を事前に整理。
医師の問診効率を上げるだけでなく、多言語対応によって外国人患者にも対応可能な運用が始まっています。

2|画像診断支援:早期病変検出と読影時間短縮
Lunitの「INSIGHT CXR」などのツールが胸部X線における誤診防止や読影負担の軽減に寄与。
2024年にはソウル峨山病院にてAI読影補助が常時稼働化され、読影のスピードと精度が両立されつつあります。

3|カルテ記録・音声入力支援:医師の負担軽減と再利用
診療中の音声をリアルタイムでテキスト化し、SOAP形式で整理。
大学病院の一部では、医学生への教育教材としても活用され始めています。
これらの技術はもはや“実験的ツール”ではなく、日々の診療業務に組み込まれた仕組みとして機能しています。

制度が進めた「現場に届くAI」|韓国モデルの本質

韓国における医療AI普及の背景には、制度的な「現場支援設計」があります。
これは単なる補助金制度ではなく、導入・運用・収益化の全体プロセスを制度が伴走する構造です。

  • スマート病院育成事業(KHIDI)  2020年から開始され、2024年末時点で70以上の病院がAI・IoT導入対象に認定。
  • AI医療機器の迅速承認制度  薬事承認の簡素化と並行して、「医師の裁量で使用可能」とする運用指針も併設。
  • 診療報酬への収載  VUNOのAI画像診断支援ツールなどが保険点数化され、導入費用の一部が収益化可能に。

これらの制度は、現場の導入判断だけに依存しない運用継続性を生み出しており、技術導入の“持続力”を保証する仕組みとして機能しています。

医師の役割は「判断」に集約されていく

AIが問診や画像読影、記録補助を担うことで、医師の仕事は「判断の説明」に集約されていきます。
なぜこの診断なのか、なぜこの治療を選ぶのか──。AIによって診療の速度と精度が向上する一方で、「その根拠を語る力」が医師の中核的役割となりつつあります。

この変化は、単なる業務の補助ではなく、医師と患者のあいだにある“合意形成”の文化に影響を及ぼします。
プロセスの透明性、記録の再現性、診療の意味づけ。これらが新たな医療品質の基準となっていくことを、韓国の現場は示唆しています。

日本の制度設計との違い|“技術が届く”までの距離

2025年現在、日本でも医療AIの研究・実証は活発です。
しかし、社会実装のスピードと制度的な下支えという観点では、韓国と明確な距離があります。

  • 多くのAI技術が「治験中」もしくは「施設内判断」で留まり、広域実装が進みにくい
  • 読影支援ツールを含む保険収載事例は限定的で、導入ハードルが高い
  • 導入判断が現場に委ねられすぎており、運用責任・コスト負担が偏重しやすい

一方、韓国の構造は「現場の負担を制度が減らす」という支援設計が整備されており、これは日本にとっても強い示唆を与えています。

要点整理

  • 韓国では診療現場でのAI活用が「制度×現場」の両輪で本格実装へ進展
  • 問診、画像診断、記録補助の3分野でAIは既に定着フェーズに
  • 医師の役割はAIを前提とした「判断と説明責任」へと再定義されつつある
  • 日本は技術水準では並ぶものの、制度的な後押しと現場接続で差がある

考察と展望|「病院に届く技術設計」が社会実装を決める

韓国の事例は、技術そのものの性能ではなく、「どれだけ現場で使われているか」という問いの重要性を示しています。
AIを社会に定着させるには、制度が単に認可するだけでは足りません。現場の負荷を取り除き、費用と責任の分担を明確にし、導入を“選ばれるプロセス”としてデザインする必要があります。

日本でも、技術開発の進展と並行して「使われる前提の制度設計」が求められます。
医療AIが日常の一部になる未来へ──そのために必要なのは、現場と制度のあいだをつなぐ戦略視点です。

参考・出典

Korea Smart Hospital Association https://www.koreahealthindustry.com/ai-smart-hospital
KHIDI(保健産業振興院)スマート病院育成事業 https://www.khidi.or.kr/board/view?pageNum=1&rowCnt=10&no1=310&linkId=101308
ソウル峨山病院、Lunit INSIGHT CXR導入 https://www.bosa.co.kr/news/articleView.html?idxno=2183947
VUNO Inc. 製品ページ・ニュース https://vuno.co/about/news
韓国保健福祉部(MOHW)政策発表 https://www.mohw.go.kr/eng

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