はじめに|「つながった社会」の先に、個人の“場”が生まれた
2004年──Facebookが米国の大学内で静かにローンチされ、翌2005年にはYouTubeが立ち上がる。誰かが情報を与えてくれるのを待つのではなく、「自分が発信する」「自分がつながりを設計する」ことが、テクノロジーによって日常の選択肢になり始めた時代。それが、2005〜2014年という10年だった。
インターネットは「アクセスする場所」から「参加する場所」へと変化し、スマートフォンの登場により“いつでも・どこでも・誰でも”が現実のものとなる。さらにSNS、クラウド、デジタル写真、アプリ文化──情報との距離がゼロになり、個人が“場”を持ち、影響力をもつ存在へと進化していく。
だが同時に、匿名性・炎上・拡散・アルゴリズムといった副作用も、この時代から本格的に社会問題として台頭してくる。個人が「つながる」「発信する」「判断する」存在として登場したことで、技術の焦点も“使いやすさ”から“信頼される使い方”へと移っていった。
次章より、これを「世界の視点」「日本の視点」の5年刻みで掘り下げていきます。
世界の視点(2005〜2009)── プラットフォームとスマートフォンが変えた“つながる”の意味
この5年間、テクノロジーは「個人の発信」が価値を持ち始めた時代だった。その象徴が、Facebook(2004年発足 → 2006年一般公開)とYouTube(2005年創業 → 2006年にGoogle買収)、そして初代iPhoneの登場(2007)である。
かつて“Web 1.0”では、情報は一方向に流れるものだった。だがこの時代、個人が「場」を持ち、情報を生み出し、誰かに届かせる“二方向”の設計が現実化していく。
YouTubeは「動画を投稿できる人がスターになる」仕組みを示し、Facebookは「現実のつながりが、ネット上のアイデンティティになる」ことを証明した。これらは単なるツールではなく、“つながり方そのもの”の再設計だった。
加えて、2007年のiPhoneはモバイルコンピューティングの常識を一変させる。従来の携帯電話が「通話+メール+限定サービス」だったのに対し、iPhoneは「インターネットそのものを手のひらに持ち歩く」体験を実現した。
2008年、AppleはApp Storeを開設。これにより、誰もがアプリを通じて“機能”を提供し、“価値”を届けることが可能になる。
技術は「何ができるか」より、「誰が届けるか」に焦点を移していく。
同時に、Twitter(2006創業)の広がりがもたらしたのは、“つぶやきが世界を動かす”という現象だった。アラブの春、地震災害、リアルタイム中継──個人の投稿が社会を動かす第一報になる構造が、すでに芽吹いていた。
一方で、Googleは検索の覇者としての地位を固め、Chrome(2008)を投入し、ブラウザもまた「プラットフォーム」へと進化。情報は「探すもの」から「届けられるもの」へと変化し、広告モデルやアルゴリズムによる最適化が、“無意識の選択”をテクノロジーが握る時代へと突入する。
この5年間は、技術そのものというより、「技術が構築する社会構造」に注目が集まった時代だった。つながり、投稿し、反応し、拡散される──そのすべてが「個人と社会の関係性」を再設計し始めた10年の前半である。
日本の視点(2005〜2009)── ケータイ文化とガラパゴス的進化が生んだ“独自のモバイル社会”
この時期、日本は世界でも特異な進化を遂げた“モバイル先進国”だった。2005年時点で、すでに多くの国民が携帯電話を所有し、着うた・デコメ・QRコード・iモード公式サイトなど、極めて発展したモバイルコンテンツ市場が形成されていた。
だがその豊かさは、のちに“ガラパゴス化”と評されることになる。世界がスマートフォンとHTMLベースのWebへと舵を切るなか、日本ではあくまで“携帯でできること”が独自に洗練されていったのだ。
2007年のiPhone登場も、当初は日本市場では伸び悩んだ。操作感や通信インフラ、キャリアモデルとの不一致が壁となり、国内メーカー製の高機能ガラケーが依然として主流を占めていた。
しかし、その一方で、「発信する個人」の萌芽は確実に広がり始めていた。2006年にはAmebaブログが急成長し、芸能人ブログ文化が社会現象に。2008年にはニコニコ動画の爆発的普及により、“視聴者がコメントで番組を編集する”という双方向メディア体験が一般化する。さらにmixi(2004年公開)はこの時期、国内最大のSNSとして全盛期を迎え、“限られたつながり”の中で個人を表現する文化が根づいた。その裏側には、2005年に施行された「個人情報保護法」への社会的関心の高まりがあり、日本独自の“匿名性を保ちつつ関係性を築く”設計が求められた。
また、同時期には「おサイフケータイ」「モバイルSuica」など非接触IC技術も一般化し、世界に先駆けて“モバイル端末で生活をまかなう”体験が進行。つまり日本は、スマートフォン以前に“スマートライフ”を先取りしていたとも言える。ただし、その進化は閉じたエコシステムの中で進んでおり、グローバル標準との接続性が徐々に問われ始める。技術は高機能だったが、「世界の変化に開かれていたか」という点で、次のフェーズへの課題を内包していた。
この5年間の日本は、“モバイル社会の成熟”と“グローバル社会とのズレ”という、二面性を持つ時代だった。
世界の視点(2010〜2014)── スマートフォンとSNSが描いた“つながりの再構築”
この時代、世界のテクノロジー環境は「スマートフォン×ソーシャルメディア」の組み合わせによって再定義された。
2010年に登場したiPhone 4は、当時のスマホ市場に決定的な変化をもたらす。高精細なRetinaディスプレイ、フロントカメラ、App Storeのエコシステム強化により、「誰もが情報の発信者になれる」モバイル体験が完成形へと近づいた。
同時に、Facebook、Twitter、Instagramが“個人の存在証明インフラ”として広がっていく。とりわけアラブの春(2011年)に代表されるように、SNSは単なる交流の場を超え、「集合的な意思表明」のための社会装置となった。
この時期、世界中のユーザーが“リアルタイムで誰かとつながり、共有する”感覚に魅了され、行動様式そのものが「投稿」「タグ付け」「シェア」を前提とするものへとシフトしていく。
そしてクラウドの進展も、この変化を支える重要な要素だった。Dropbox、Google Drive、Evernoteといったツールが一般化し、「どこからでも情報にアクセスできる世界」が整備されていく。それは単なる利便性ではなく、「記憶の外部化」「判断の分散化」という人間の認知構造にまで変化を及ぼす技術だった。
さらにこの時期、AIの萌芽もすでに現れている。
2011年にはAppleが音声アシスタント「Siri」を搭載。自然言語による対話型インターフェースは、“機械に話しかける”という体験を日常に組み込んだ。同年、IBM Watsonが『Jeopardy!』で人間チャンピオンを破ったことは、「知識と推論が機械で代替される可能性」を初めて一般に印象づけた瞬間でもあった。
この5年間は、インターネットが「つながる場所」から、「記録し、伝え、動員する場」へと進化した時代だった。
世界はもはや“アクセスできる情報社会”ではなく、“つながる前提で動く社会”になったのだ。
日本の視点(2010〜2014)── ガラケー文化の終焉と、個人発信社会への転換点
この5年間、日本は「モバイル先進国」から「スマートデバイス標準国」へと大きく舵を切ることになる。
象徴的だったのは、2011年──東日本大震災をきっかけに、TwitterやLINEといったリアルタイム・コミュニケーションの価値が一気に顕在化したことだ。安否確認、ライフラインの情報共有、デマの拡散と訂正……ネット空間が「生きる手段」へと進化する様を、多くの人が体感することとなった。
この時期、日本でもiPhoneのシェアが急上昇。キャリア主導のガラケー文化(フィーチャーフォン)は急速に縮小し、「誰もがスマホを持ち、SNSを使う」という文化が日常に溶け込んでいった。
LINEの台頭(2011)は特に重要である。メールよりも即時性が高く、電話よりも非侵襲的。既読機能やスタンプといった“日本的文脈”にフィットした機能設計が、多世代にわたる普及を後押しした。ここで日本は、再び「つながる社会」の一歩先──“無意識に常時接続された関係”という、独特なコミュニケーション様式へと進化していく。
一方、教育現場や行政分野でも「ICT化」の声が高まり始めたものの、インフラ整備や教員研修の遅れにより、本格的な活用は次の時代に持ち越される。とはいえ、2011年の「GIGAスクール構想」前夜として、多くの自治体がタブレット導入やクラウド教材活用の模索を始めていた。
企業の働き方もまた変化しつつあった。
スマートフォンやVPNを活用したテレワーク制度の試験導入が大手企業で始まり、ビジネスチャットツール(ChatWork、Slackなど)も注目されるようになる。
“場所を選ばず働ける”という価値観は、この頃から日本でも現実味を帯びていく。しかし同時に、日本特有の「匿名文化」と「発信への慎重さ」も、SNS活用のあり方に影響を与えていた。2ちゃんねる(現5ch)、ニコニコ動画、Twitter匿名アカウントなど、“誰かの視線を避けつつ意見を言う”というスタイルが、日本型ネット文化として深化していく。
この5年間、日本社会は“スマート化”という技術変化と、“匿名と承認のはざま”という文化的揺らぎを同時に抱えながら、「個人が発信し、関係を築く社会」への準備を着々と進めていた。
横断的インサイト(2005〜2014)
「場を持つ」ことが、個人と社会の新しい関係性をつくり始めた
この10年間(2005〜2014)は、インターネットとモバイルの融合によって、テクノロジーが「つながる手段」から「居場所をつくる手段」へと進化した時代だった。
SNSの普及、スマートフォンの一般化、クラウドサービスの台頭──
すべてに共通していたのは、「個人が情報空間の中で“自分の場”を持てるようになった」という構造変化である。
たとえばFacebookは、実名でつながることで「リアルな人間関係の延長」としてのネット空間を作り、Twitterは、匿名でも自分の声を発信できる「ひらかれた公共性」として機能した。YouTubeやブログ、noteやInstagramは、“映像・文章・写真”という形で、自分の視点や価値観を表現できるメディアとして定着していく。
重要なのは、この発信が“特別な人のもの”ではなくなったことだ。
「専門家だから」「タレントだから」ではなく、誰もが「日常」や「思考」や「好き」を起点にして、“世界との接点”を持つことができた。つまり、この10年は「つながる権利」が「場をつくる力」へと変わっていく、そのはざまだった。
一方で、ネットいじめ、炎上、フィルターバブル、拡散される誤情報といった“つながりの副作用”もまた顕在化する。
「誰もが声を持てる社会」は、「誰にでも矢印が向く社会」でもあった。
この時代は、つながりを増幅させただけでなく、その“設計の質”が問われ始めたタイミングでもあったのだ。また、スマートフォンという“超個人的デバイス”の普及は、情報との関係性に決定的な変化をもたらす。情報は「探す」ものではなく「通知される」ものになり、アプリは「訪れる」ものではなく「常駐する」ものになった。ユーザーと情報のあいだの距離は、かつてなく短くなり、ほとんど“無意識”のレベルで情報摂取が行われるようになった。
考察と展望
「プラットフォーム社会」のその先へ──“AIと共に設計する社会”が始まった
2005〜2014年は、インターネットが「場所」になった10年だった。Googleは「調べる場所」、FacebookやTwitterは「つながる場所」、YouTubeは「見せる場所」、Amazonは「買う場所」──すべてが“どこで何をするか”を明示するプラットフォームの社会設計を進めた。
そして、私たちはその中で、「自分の居場所」を作る力を問われるようになった。
検索の仕方、発信の仕方、つながり方、購買の仕方──そのすべてが、プラットフォームを介した「自分の設計」に置き換わっていった。
だが2015年以降、状況はさらに一段階進化する。
それは、「人と情報の接点」そのものをAIが補完・代行しはじめるという変化だ。
ユーザーが“検索する”のではなく、AIが“レコメンドする”。
ユーザーが“情報を読む”のではなく、AIが“要約し、文脈を差し出す”。
ユーザーが“考える”とき、AIが“補助する構造”として横にいる。
こうした時代の到来は、10年前にスマートフォンを常に携帯するようになったときと、どこか似ている。あのとき、私たちは物理的に“どこにいてもネットに接続される”存在になった。そして今、AIの登場により、“どこにいても思考が拡張される”存在になりつつある。
次の10年(2015〜2024)は、このAIとの共進化が、生活・仕事・教育・国家制度──あらゆる領域を再設計していく時代だ。そこでは、検索窓や投稿ボタンではなく、「プロンプト」や「モデル選定」「権限設定」といった新たな思考道具が、意思決定のインフラとなる。そして私たちは、その中で「自分がどう考えるか」「何を信頼するか」「誰と共に設計するか」を、再び問われることになるだろう。
この『テクノロジーの半世紀』という連載は、まさにその問いに立ち返るための地図である。
第5回では、2015〜2024年──生成AI時代の“前夜”を描く。そして、第6回で、現在地と未来の構造を提示する。
次に続くのは、「AIと共に意思決定する社会」の輪郭である。
参考・出典
- Facebook – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Facebook
- Twitter – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Twitter
- YouTube – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/YouTube
- iPhone – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/IPhone
- Android – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Android
- App Store – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/App_Store
- クラウドコンピューティング – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/クラウドコンピューティング
- Amazon Web Services – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Amazon_Web_Services
- GREE – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/GREE
- mixi – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Mixi
- ニコニコ動画 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/ニコニコ動画
- 初音ミク – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/初音ミク
- iモード – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Iモード
- スマートフォン – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/スマートフォン
- 東日本大震災 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/東日本大震災
- LINE – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/LINE
- Dropbox – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Dropbox
- Evernote – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/Evernote
- クラウドファンディング – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/クラウドファンディング
- デジタルネイティブ – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/デジタルネイティブ