『テクノロジーの半世紀』第5回:AIとリアルの交差点(2015〜2024)

はじめに|見えないアルゴリズムが現実を動かし始めた

2015年──私たちはまだ、AIを「未来の技術」だと思っていた。けれど、知らないうちにその判断はすでに、検索結果に、フィードに、決済に、出会いにまで入り込んでいた。
この10年(2015〜2024)は、「アルゴリズムが意思決定に触れた時代」だった。人間の選択や判断が、かつてないほど“技術に補助される日常”へと移行していった。

・Googleが提示する“最もクリックされる答え”
・YouTubeが勧める“もっとも離脱されにくい動画”
・ECサイトが導く“買わされる商品の順番”
・ChatGPTが“思考の伴走者”になるという感覚

それらすべてが、“人間の判断”と“アルゴリズム”が接続されていくプロセスだった。さらに2020年には、新型コロナウイルスが世界を襲い、「人間が自由に動けない世界」で、テクノロジーが何を代替できるのかが試されることになる。リモート勤務、オンライン授業、キャッシュレス決済、宅配ドローン、非接触センシング、そしてワクチン開発におけるAI予測──物理的な社会活動が停止する中、“デジタルだけが生きていた”数ヶ月があった。

そして2022年末、ChatGPTの登場によって、テクノロジーは“見る・選ぶ”ものから“考える・返す”存在へと変貌する。
あらゆる技術が「副操縦士」のように人間のそばに寄り添い、現場での判断、家庭での選択、そして社会全体の合意形成までをも支える基盤になった──そんな10年を、今、私たちは振り返ろうとしている。
次章より、これを「世界の視点」「日本の視点」の5年刻みで掘り下げていきます。

■ 要点整理

“誰が、何を基準に決めるのか?”という問いが前景化
生成AIの急拡大により、教育・医療・法務などで“人間の判断基準”を再定義する必要性が高まる。判断の“委任設計”こそが新時代のインフラとなり始めている。

ディープラーニングが汎用AIの基盤に(2015〜)
Google DeepMindによるAlphaGoの登場(2016)は、人間の直感を凌駕するAIの可能性を象徴。以後、AIは“道具”から“判断パートナー”へと格上げされていく。

アルゴリズムが“選択”の構造を握り始める(〜2019)
SNS、検索、ECなど日常のUXがレコメンドに最適化。“自分で選んでいる”と思っていたものが、実は提示されたものだったという構造が定着。

パンデミックで“リアルの停止”と“デジタルの加速”が交差(2020〜2021)
リモートワーク、デジタル庁の発足、DX(デジタルトランスフォーメーション)の大号令──コロナ禍は“制度のアップデート”と“生活の再設計”を一気に進めた。

生成AI(Generative AI)の実用段階へ(2022〜)
ChatGPT、Midjourney、Runway、Soraなどが一般公開され、“創造するAI”が社会の前提条件に。文章・画像・動画・音声すべてが“人間とAIの共創領域”になる。

世界の視点(2015〜2019)── アルゴリズムが“世界の見え方”を決め始めたとき

2015年、Google DeepMind が発表した「AlphaGo」は、囲碁のトップ棋士を破ったAIとして、世界に衝撃を与えた。これは単なる囲碁の勝敗ではなく、“人間の直感すら超える判断が可能”という新しい知性の登場を告げる出来事だった。ここからAIは、単なる“効率化のツール”ではなく、「何を選ぶか」「何を見せるか」に関わる存在へと進化していく。

FacebookやGoogleを筆頭に、情報の出し方、検索結果、広告表示、SNSのタイムラインはすべてアルゴリズムが最適化を担うようになった。つまり、私たちが日常的に「見ているもの」は、自分で選んだようでいて、実は“選ばされていたもの”に変わっていった。

この時期、GAFAを中心とした米国ビッグテックの支配力が増し、AI技術の進展が企業の“見えない競争力”になり始めた。AppleのSiri、AmazonのAlexa、GoogleのAssistant、MicrosoftのCortana──各社は音声アシスタントを競い合い、個人の生活に溶け込む形で「判断の補助」を担う道を模索した。

一方、欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則)が2018年に施行され、“データを集めて最適化する”という構造に対し、人権と倫理の観点から制御が加わりはじめる。これは「個人がアルゴリズムに従う」社会へのカウンターでもあり、以後のAI倫理議論の基盤となった。

この5年間、AIは静かに“世界の見え方”を変えていった。人間の目に映る情報、耳に入る声、そして心が動かされる瞬間──それらがすべて、何かの計算によって“構成されたリアル”になっていったのだ。

日本の視点(2015〜2019)── 「AIで何をするか」より「AIで何を選ばせるか」へ

2015年以降、日本でも「AI」という言葉が本格的に社会実装の文脈で語られるようになった。だが、当初の議論はまだ「できる・できない」「使える・使えない」といった技術的視点にとどまりがちだった。

行政や企業は「AI活用」のフレームで動き始める。経産省は2017年に「Connected Industries」構想を掲げ、製造業におけるIoT・AI導入を国家戦略の柱に位置づける。2018年には「AI戦略2019」の策定準備が始まり、AIを“人材戦略”や“教育政策”に組み込む試みが本格化する。

その一方で、民間では“効率化AI”の導入が静かに進行していた。三井住友銀行のRPA導入や、日立の需要予測AI、リクルートの人事マッチングAIなど、「判断を自動化する」ためのAIが裏側で動き出す。

ここで象徴的だったのは、AIが“やる”のではなく、“選ばせる”設計に進んでいったことだ。ECサイトではレコメンド、求人サイトではスコアリング、顧客対応ではチャットボット──つまり、ユーザーが「どれを選ぶか」に影響を与える設計が前提化していった。

教育でも大きな転機があった。2019年には「GIGAスクール構想」が発表され、全国の小中学生に一人一台の端末と高速ネット環境を整備する方針が打ち出される。これは“学びの個別最適化”という名のもとに、AIドリルや学習履歴管理といった新しい“選ばせ方”を模索する土壌となっていった。

この時期の日本では、「AIに何をさせるか」よりも、「人に何を選ばせるか」の設計が急速に進行していた。言い換えれば、“操作系のUI”が“判断系のUX”へと置き換えられていったフェーズである。

世界の視点(2020〜2024)── AIとパンデミックが加速させた「判断の自動化社会」

2020年、COVID-19の世界的パンデミックは、テクノロジー社会に「非接触・遠隔・自動化」を一気に求めた。人間の移動が制限され、現場対応が困難になる中、AIとクラウド、センサーとロボティクスの連携は、これまで「試験導入」だった分野を一気に本番フェーズへ押し上げる。

特に顕著だったのが、意思決定の自動化である。医療分野ではAIによるCTスキャンの即時診断や、発熱者の顔認識スクリーニングが現場に入り、サプライチェーンでは需要予測と在庫管理のアルゴリズムがパンデミック対応の要となった。レストランでは注文・決済・配膳が自動化され、都市全体が「人を介さない流れ」へと最適化された。

この時期、AIは「知識を持つ道具」ではなく、「決断の代理者」としての立場を強めていく。

OpenAIが2020年にGPT-3を公開し、以降の数年間で生成系AI(Generative AI)は社会インフラレベルの存在感を得るようになった。2022〜2023年にはChatGPTが世界的に普及し、「問いかけて答えを得る」という行為が、Google検索以上に人間的なUXへと昇華する。ChatGPT、Claude、Gemini、Perplexity、Siri、Alexa──この時代の人々は、複数の“会話できるAI”を日常的に使い分けるようになっていった。

同時に、AI倫理やフェイクコンテンツ問題も急浮上する。米国・EU・中国がそれぞれ独自のAI規制・認証フレームを設計し、「誰が、何を根拠に、どんな判断を導いたか?」という“透明性と説明責任”が問われるようになる。

また、米中を軸にAI半導体やモデルサイズの開発競争も激化し、AI技術は「情報技術」ではなく「国家インフラ」へと昇格する。たとえば、アメリカのCHIPS法、中国の生成AI規制条例、EUのAI Act草案──AIはもはや企業単位でなく、国家単位で整備・制御すべき領域になった。

この5年間で、世界は「AIを使う」段階から、「AIを前提に社会を設計する」段階に突入している。

日本の視点(2020〜2024)── 社会構造としてのAI、選ばれる国の条件

2020年代初頭、日本でもAIは“使うツール”から、“埋め込まれた前提”へと変化していく。

COVID-19の影響で、行政や医療、教育分野におけるデジタル化が加速。特に顕著だったのは、「制度とAIの接続」だった。たとえば、医療現場ではレセプト処理や診療補助にAIが組み込まれ、自治体では住民問い合わせのAIチャットボットが全国に広がった。教育ではGIGAスクール構想により、小中学生が1人1台端末を持ち、生成AIを“調べて考える”ための副教材として活用する動きも見られ始めている。

この時代、日本で浮き彫りになったのは、「制度と実務の間にAIをどう噛ませるか」という課題だった。

例えば、請求書の読み取り、議事録の自動生成、法務の契約レビュー、労務のアラート管理──すでに多くの業務がChatGPT APIや日本のSaaSスタートアップによって置き換えられつつある。だがそれはあくまで“属人業務の効率化”に留まり、意思決定そのものにAIを組み込む設計は、まだ発展途上にある。

一方で、日本企業の中には、“AIで勝つ”ではなく、“AIを含む組織設計で選ばれる”という思想が芽生えてきた。たとえば、人的資本の情報開示(2023年義務化)をAIで解析し、リスキリングや最適配置の判断支援に用いる企業が現れた。これは、生成AIの特性を「人材の能力補完」としてだけでなく、「経営判断のシミュレーター」として捉える視点の萌芽である。

また、2023年には内閣官房が「AI戦略2023」を発表し、「AIの信頼性確保」と「産業競争力の強化」を両輪で進める方針を明示した。ここで注目すべきは、日本が「ガバナンス」と「活用」の両立という“二階建て設計”を志向している点だ。

しかし、その構造のなかで浮き彫りになるのは、“AIを使える現場”と“使いこなせない現場”の格差である。中小企業、自治体、医療機関──それぞれの現場で導入速度や習熟度には大きな差があり、「情報格差」ならぬ「AI格差」という社会課題が次第に可視化され始めた。

それでも、日本社会は確かに一歩ずつ前進している。AIが使えるかどうかではなく、「AIを組み込んだ社会設計をどうするか」──この問いに向き合い始めた今、日本は次のフェーズに移りつつある。

横断的インサイト(2015〜2024)

AIとプラットフォームが融合した社会で、私たちは「自分の問い」をどこまで育てられたか?

この10年間(2015〜2024)を通して明らかになったのは、「AIができること」と「人が考えるべきこと」の境界線が、社会のなかで急速に書き換えられてきたという事実である。

2015年、ImageNetを舞台にディープラーニングが画像認識タスクで人間を超えたことで、AIは“特定の知識や技能を代替する存在”としての地位を獲得した。そしてChatGPTの登場によって、知識や言語を扱う営み──つまり“考えること”の一部までもが、分業可能な技術になった。

検索では見つけられなかったことが、対話では見えてくる。説明できなかったことが、AIとのやりとりで整理されていく──この体験は、もはや「便利な道具」を超え、「思考そのものの設計」に介入する存在としてのAIを私たちに突きつけている。

同時に、プラットフォームという概念も大きく変容した。かつてのプラットフォームとは、「人と人」「人と情報」をつなぐ“場”だった。しかし今や、それは「人とAI」「AIと情報」「情報と社会構造」をつなぐ多層構造の“認知インフラ”となりつつある。

Google検索はChatGPTへ、YouTubeはAI生成動画へ、TwitterはxAIの発信拠点へ──。

そして企業は、意思決定や顧客対応にAIを介在させ、「誰が話したか」よりも「AIが何を示したか」が重視される場面が増えている。この変化が意味するのは、「答えを探す行為」そのものの意味が変わったということだ。

知識とは何か?
答える力とは何か?
選ぶ力とは、何を前提にしているのか?

この10年で、私たちは「質問する力」がどれだけ重要かを、ようやく学び始めた。なぜなら、AIに尋ねなければ、何も始まらない世界に移行したからだ。裏を返せば、「良い質問」を持たない人は、思考の主導権を手放すことになる。
この構造こそが、生成AI時代の本質だ。問いを持つ者が前に進み、問いを持たない者は、“AIの提示した選択肢”のなかから選ぶだけの存在になってしまう。
この10年の最大のインサイトは、「情報を得る力」ではなく、「問いを持ち続ける力」こそが、AIと共に生きるための核だということだった。
そして今、その力を持った人間だけが、“AIを副操縦士”に据える資格を手にし始めている──

考察と展望

「問いの質」が未来の差を生む──AI時代に求められる新しいリテラシーとは

2015〜2024年は、AIが“使える”から“考えられる”存在へと変化していった時代だった。それは、単なるツールではなく、「共に問い、共に判断する」パートナーとして、生成AIが社会の中に定着し始めた10年である。

そして今、私たちはその次にある“設計の段階”へと移行しつつある。
どのような問いをAIに投げるのか。どこまで任せ、どこから自分で考えるのか。
その“リテラシーの質”が、個人や組織の意思決定力を大きく左右する時代がやってきた。

これからの10年(2025〜2034)は、「AIとの共進化」が本格化する。意思決定支援、創造補助、状況予測──あらゆる分野において、AIが“副操縦士”として本領を発揮する構造が整備されていく。

だが、そこに必要なのは“使いこなす力”ではない。
AIと「どう問い合うか」──この思考様式の設計力こそが、次の競争力になる。

Web2.0時代が「誰でも発信できる力」を開いたなら、AI時代は「問いを立て、答えを選ぶ力」が分水嶺になる。
インターネットが「答えを探す世界」だったとすれば、AIは「問いを育てる世界」だ。

だからこそ、次回の第6回(2025〜2029)は、問い方そのものが経済・教育・社会構造を変える時代として、より鮮明に描かれていくことになる。

参考・出典

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