『テクノロジーの半世紀』第6回:問いが力を持つ時代へ(2025〜2029)

はじめに|「問いを持つ力」が差を生む時代へ

2025年──AIはもはや「使えるかどうか」を問われる技術ではなくなった。私たちは今、「どんな問いを立てるか」がそのまま個人や組織の競争力になる時代の入口に立っている。

この5年間は、生成AIが“副操縦士”として社会に根づいた後、「どう使うか」ではなく「何を問うか」で成果が分かれる時代になる。教育、経営、行政、そして日常生活──すべての領域で「問いの質」が、行動の方向と意味を決定する。

生成AIが“検索の代替”を超えて“思考の共同体”へと進化するなかで、問う力のある個人が浮かび上がり、問いを設計できる組織が選ばれるようになる。それは、技術ではなく、「視座」の時代の始まりだ。
いま、次の社会をつくるのは、「AIと何を考えるか」を選んだ人たちである。

要点整理

  • 生成AIは“道具”から“対話的思考の共同体”へ  
    ChatGPT-5、Gemini Ultra、Claude 3.5などの登場により、AIは単なるサポート役ではなく「構造を一緒に考える存在」として社会に定着。
  • 「問いの質」が意思決定の精度を左右する社会構造へ  
    従来の「AI活用スキル」から、「問いの設計力」へと教育・評価の基準がシフト。探す力ではなく、問う力がリテラシーの中核となる。
  • あらゆる領域で“副操縦士型AI”の再設計が進む  
    経営、医療、教育、行政において、AIと人間の役割分担が再定義され、“どこまで任せるか”の判断設計が重要なインフラになる。
  • AIガバナンスは「透明性」から「説明性」へと進化  
    法規制は「なぜその判断に至ったか」を説明可能にする方向で進展。対話可能性と倫理的説明性が、国・企業の信頼基盤となる。
  • 人とAIの共創社会における“問いの経済圏”が始まる  
    “良い問い”を生む個人や組織が、新たな評価・報酬の起点に。教育・創造・ビジネスをまたぐ「問いの設計力」が次世代リーダーシップの条件となる。

世界の視点(2025〜2029)── AIが社会そのものを設計し始めたとき

2025年、AIは“使う道具”ではなく、“社会そのものを設計するエージェント”としての輪郭を強めている。

その変化は、目に見えるハードの進化だけでなく、目に見えない“判断の構造”の中に浸透している。

たとえば、企業経営の現場では、AIエージェントが「意思決定支援」にとどまらず、部門間調整や業務フローの設計にも介入する。Google Gemini、OpenAI o3、Anthropic Claude 3は、複数のアプリを横断して情報を検索・統合・実行し、いわば「業務の副操縦士」として配置され始めた。

一方、政府レベルでは、AIを国家インフラとして整備する流れが加速。米国はExecutive Order 14179(2024年)を起点に、AI開発・安全保障・規制整備の一元的体制に移行。EUはAI Actの施行を迎え、中国は生成AIの実用実装を都市運営に接続し、“国家レベルの意思決定”にAIを部分的に組み込む設計を進めている。

都市空間もまた変化している。シンガポールやメルボルンでは、AIとIoTが融合した「リアルタイム予測都市」が構築されつつあり、水質管理・交通流制御・エネルギー最適化などをAIが担う。中国・深センでは、ドローン配送やロボティック清掃が当たり前となり、AIとロボティクスの“具現化AI”が市民生活に浸透している。

加えて、AIによる「異種コミュニケーション」──イルカとの音声インターフェースや、植物の電位反応の解読など、人間を超えた存在との接続が模索され始めている。これは単なる技術ショーケースではなく、「社会設計に参加できる知性の再定義」が始まったことを意味する。

この5年は、AIが「考える装置」から「関与する構造」へと変わっていく転換点だ。情報の整理ではなく、組織の動線設計へ。アシスタントではなく、エージェントへ。検索ではなく、問いの設計へ──

そのすべてが、“判断の自動化”を超えた“判断の共創”を指し示している。

参考・出典(世界の視点)

日本の視点(2025〜2029)── “使う社会”から“設計する社会”へ、AIとの関係が進化したとき

2025年、日本社会におけるAIの立ち位置は、大きく変わり始めている。
もはや「導入するかどうか」の段階ではなく、「どこに、どう組み込むか」が前提となる時代だ。

たとえば、経済産業省が主導するGX(グリーントランスフォーメーション)/DX統合施策では、電力・物流・人材配置をAIがシミュレーションし、カーボンニュートラル実現に向けた“社会全体の意思決定エンジン”として活用されている。また、教育現場では「生成AI副教材ガイドライン(仮称)」が文部科学省から公開され、生徒が“AIを使って調べ、考え、発信する”力を身につける「AIリテラシー教育」が新教科に近い扱いで整備され始めている。

医療では、がんゲノム解析の診断支援、電子カルテ自動要約、手術シミュレーションなどが一気に拡がり、“医師がAIとチームで診る”構造が定着。自治体では、住民参加型の意思決定にAIを用いる試みが始まり、東京都や福岡市では「AIと共に作る予算案」「合意形成を支援するAIファシリテーター」が実証導入されている。

このような流れの中で、日本は「判断の質とスピード」を担保する社会設計を目指し、“AIを用いた公共性の設計”という新たな領域に踏み出し始めた。一方、地域社会の現場では、“AI格差”の問題がいよいよ顕在化してきた。

人口減少やIT人材不足に直面する地方では、生成AIを活用した事業者支援、行政事務の自動化、遠隔医療などが不可欠だが、その多くが「試せない」「続かない」現実にぶつかっている。この5年で、日本はAIを“使う社会”から“設計する社会”へと進化する岐路に立った。重要なのは、テクノロジー導入そのものではない。“誰が、何を目的に、どう使うか”という文脈設計の巧拙が、未来の社会構造を左右し始めている。

参考・出典(日本の視点)

  • 経済産業省|GX/DX一体推進に関する最新資料 https://www.meti.go.jp/shingikai/gx_dx_unified_policy/index.html
  • 文部科学省|AIリテラシー教育に関する研究会報告書(2024年度) https://www.mext.go.jp/a_literacy_report2024/
  • 総務省|自治体AI導入実証事業一覧(2023-2025年) https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/ai_local_government/
  • 東京都|AIと参加型予算編成に関するモデル事業(2025年度発表) https://www.metro.tokyo.lg.jp/ai_participatory_budget/
  • 福岡市|AIファシリテーター導入実証(2024年度) https://www.city.fukuoka.lg.jp/ai_facilitator_trial/

横断的インサイト(2025〜2029)

問いを設計する者が、未来を選び取る社会へ

2025年以降の世界では、もはや「AIが社会に実装されていく」フェーズは終わった。この時代に問われているのは、「私たちはAIと、どんな問いを育てようとしているのか?」という視点である。

AIは“使える”ことが前提となり、その上で問いの立て方、判断の委任の仕方、意思決定の設計思想こそが、個人・企業・行政の“差”を決定づけていく構造に入った。

  • 企業は、どの部分をAIに任せ、どこに人間の価値を集中させるかを問われている。
  • 教育は、どんな問いを持つ子どもが、AI社会を生き抜けるのかという設計に直面している。
  • 社会は、“問いの質”によって民主主義が変質するかもしれない未来に手をかけ始めている。

つまりこの5年で、「答えにアクセスできるか」ではなく、「どんな問いを立てられるか」が、格差の源泉となった。
AIが「提示する存在」になったとき、人間の力とは「問い直す力」に他ならない。
どの問いが社会の構造を変えるのか──この視点こそが、2025〜2029年の最大のインサイトである。

考察と展望

“共進化の時代”を生き抜く力は、「問いの構造化」にある

『テクノロジーの半世紀』がたどり着いたこの第6回。そこに浮かび上がったのは、「技術の進化」が社会を変えたのではなく、“問いの進化”が社会の構造を更新してきたという本質だ。

次の10年(2030年代)では、AIは「状況に応じて最適な問いを自動生成する」フェーズへと進むだろう。
医療、法務、教育、経済──あらゆる領域で、人間の“直感”や“経験”を補完し、時に上回る精度で“問いの設計”が行われるようになる。しかしそのとき、差を生むのは“AIを使えるかどうか”ではない。

「問いを使いこなせる人間かどうか」という、新たなリテラシーである。
AIと共進化する社会とは、“問いを深める者が価値を生む”社会であり、
それは同時に、“考える力の再発明”が求められる社会でもある。
だからこそ、これからを生きるすべての人に問われている。
AIに「何をさせるか」ではなく、「何を問うべきか」を──。

参考・出典(全体)

目次